西野 信宏
すっかり朝晩が寒くなり、今年も年末が近づいてきました。この時期になると、年末調整の準備が始まり、給与計算を行う事務職員の方々は、慌ただしくなる季節でもあります。
今年の年末調整ですが、一番身近な話題は、配偶者控除の改正ではないでしょうか。
38万円控除の対象となる配偶者の給与収入の上限が150万円まで引き上げられました。その結果、提出しなければならない書類も増え、戸惑われている方も多いのではないかと思います。
この年末調整は、毎月の給与から源泉徴収されている概算所得税を精算する制度であり、サラリーマンにとって確定申告の必要がなくなる便利な制度ですが、この源泉徴収という制度が、いつから始まったかご存知でしょうか?
給与所得に対する源泉徴収制度は、昭和15年10月9日の所得税法改正から始まります。その当時の日本は、第一次大戦後の経済不況という状況でしたが、増加する軍事費を調達することを目的に法律化されました。そして、終戦後の昭和47年には、年末調整が定められ、雇用主がサラリーマンの所得税を精算するという制度が出来上がりました。
今日では、源泉徴収や年末調整は、当然のものとして受け入れられていますが、過去には制度自体が憲法に違反しているのではないかとして、裁判で争われたことがあります。国の徴税事務が、雇用主に無条件で押し付けられるのはおかしいと考えられたのです。
東京・銀座の老舗レストランを経営していた社長が、従業員に支払う給与から、源泉所得税を控除せず、納税を行わなかったのです。そのため、所得税法違反で起訴され、昭和30年に、東京地裁で有罪判決を受けました。1審の東京地裁は、懲役6ヶ月・執行猶予2年の判決を下し、2審の東京高裁も控訴を棄却しました。そして、最高裁において争われることになります。
この社長の主張は、「雇用者は、政府の徴税義務に協力するため、私有財産を侵されているが、何らの補償もされておらず、強制労働を課されている」という点でした。この主張に対して最高裁は「雇用主と従業員は特別な関係にあり、源泉徴収制度は、徴収方法として能率的であり、合理的であって、公共の福祉の要請にこたえるもの」であるから憲法に違反しないとして、社長の主張を退けました。
この最高裁の判断により、源泉徴収制度は憲法に違反しないことになりました。しかし、この最高裁が行われた昭和37年当時から、現在では年末調整作業も大きく変化し、事務作業の負担も増加していることを考えると、雇用主に何らかの補償があってもよいのではないかと個人的には考えてしまいます。
また、年末調整制度は従業員の立場からすると、自動的に納税が終わるため、納税を行ったという意識が薄まってしまう点が制度の問題点として挙げられ、年末調整を廃止するべきだという意見もあります。
一方で、海外に目を向けると年末調整がない国もあります。アメリカでは年末調整制度はなく、すべての個人に確定申告を行うことが義務づけられています。そのため、個人の負担が大きすぎるため、年末調整制度を導入するべきだという意見があるようです。
このように、年末調整について色々な意見があります。徴税面から考えると非常に便利な制度ですが、上記のようなデメリットもあります。雇用主の負担が増加している現状を考えると、制度自体の見直しも必要ではないかと思います。